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行名の由来


 昭和初頭の世界的な不況の影響を受け長野県経済も逼迫するなか、経済の血流である金融機能を維持するため1931(昭和6)年8月1日、第十九銀行(本店:上田市)と六十三銀行(本店:長野市)の合併により、八十二銀行は発足しました。銀行名の「八十二」は、「十九」と「六十三」を足し合わせたことに由来します。
 新銀行には「信濃」などの地名を冠した名称も検討されましたが、最終的に「19」と「63」の2つの数字を合わせた「82」に決定しました。今日では皆様に「はちに」の愛称で親しまれる銀行名となりました。
 当時、銀行名の決定に際して数字を冠するナンバー銀行のことを調べると、1878(明治11)年に鳥取市で第八十二国立銀行が設立されていました。その後、同行は安田銀行(のち富士銀行、現みずほ銀行)に合併されたこともあり、「八十二」を使用することができたという経緯もあります。

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