総合オンラインシステム

進取の精神

銀行業務に革新の1ページを刻んだ、
八十二銀行発・総合オンラインシステム。

八十二銀行に脈々と受け継がれてきた進取の精神。それを象徴する事例の一つが、昭和46年の総合オンラインシステムの稼働だ。当時、都市銀行でさえ導入していなかったこのシステムは、大変高く評価されると同時に、業界内外から大きな関心を集めた。

銀行にとって昭和40年代は、単科目処理や省力化・合理化を課題とした第1次オンライン期とも言われる。昭和40年11月、当行では為替業務の拡大等を背景に、地方銀行初となる為替オンラインがスタート。43年秋には、満を持して総合オンライン化に向けた本格的な取り組みが始まるのである。その間、3年近くものラグがあるのは、機械の性能や回線の品質など技術的な課題をクリアしなければならなかったため。さらに、電子計算センターを設置する、新本店の建設計画が遅延したことも影響していた。
銀行のオンライン化は、普通預金や当座勘定など科目ごとに移行していくのが一般的であった。しかし、当行では機能サービスをより効果的に提供するにはCIF (Customer Information File=顧客情報ファィル)をメインにした全科目の有機的結合が必要と考え、通常のプロセスを踏まずに、総合オンライン化へのジャンプアップを図ったのである。CIFを完備することで顧客一人ひとりの情報を総合的に把握できるようになり営業効率がアップする、さらにシステム開発のコストも削減できる、そうしたいくつかのファクターも英断の後押しとなった。


対象店を51店に絞り、事務量の80%を吸収することを目標とした総合オンライン化の第1次計画ではシステム構築と並行して、全取引先をCIFに収容するための名寄せを行ったのだが、作業は膨大量を極め、営業店総員がかりで数ヶ月を要した。
そして、ついに昭和46年4月、長野支店と大町支店を試行店として総合オンラインが開始されたのである。対象店全店に普及したのはおよそ1年後の47年3月。その後、小規模店も含めて当行全店での総合オンライン化が完了したのは50年3月のことである。

昭和49年、八十二銀行発の総合オンラインシステムは、開発のパートナーでもあったIBMを仲介にして、沖縄海洋博覧会の開幕を見据えて導入を急務としていた琉球銀行へ提供された。これを契機に次期システムは琉球銀行と共同で開発。この成功が、八十二銀行のほか阿波銀行・山形銀行・琉球銀行・武蔵野銀行・筑波銀行・宮崎銀行が名を連ねるシステム共同化プロジェクト“じゅうだん会”誕生の原点となっている。

第一線にズラリと並んだシステム端末